風の便り episodo.45 


甲州道中 内藤新宿
新宿
 品川、板橋、千住とあわせ四宿と呼ばれた新宿は、江戸時代からの歓楽街。非公認の売春宿であった岡場所は1958年の売春禁止法まで続いた。街道最初の宿場であった高井戸までは、確かに距離があり難儀したというが、その距離は20km弱でありこれは、新宿を最初から歓楽街にしようと考えた浅草の名主喜兵衛の戦略だったのではないだろうか。甲州道中を下る旅人が日本橋から二里余りの場所で宿泊しなければならない理由が見つからない。
 そんな新宿は小生にとっても青春の1ページを彩る街であった。歌声喫茶の「灯火」では、カラオケの無い時代集団での合唱に酔いしれ、真っ暗な同伴喫茶では彼女より隣が気になったものである。痛い目にもあったが我々の時代は新宿こそ若者の街であり、エネルギーに満ち溢れていた。
 甲州道中で新宿を歩いて、綺麗な町に変貌した新宿に驚いた。「しょんべん横丁」もなくなり、ゴミの散らかる路地はカラフルなレンガ張りの歩道と変化した。それでも歌舞伎町は依然全国有数の歓楽街として君臨しているが、多様化した娯楽にその首位を脅かされ喘いでいるように感じられる。時代は変わらなくてはいけないものだが、喜兵衛の夢見た宿場とはいささか違ったものになってきたようで寂しい。

戻る