風の便り episodo.26 


中山道野尻宿にて
スズメバチ
 この蜂に刺された人はあまりいないと思う。小学生の頃庭で干していた布団の中にアシナガバチがいて、尻を刺されたのが蜂に刺された一番ふるい記憶だが、私にとってスズメバチは一番強烈だった。時は昭和40年代後半、場所は黒部下の廊下、水平歩道が終わり欅平へ向け、急な坂道を友人二人と下っているときであった。私の前には別パーティの最後尾。その彼が彼らのテリトリーを犯してしまった。私の首に襲いかかったのは親指大のスズメバチ。一瞬で柔らかい首に一撃、目の前が真っ暗になった。何が起こったかさえも分からなかった私は、そいつを思わず掴んでその正体を見極め愕然となった。欅平まではあと30分の場所、見る見る腫れ上がった首を押さえながら、欅平を目指す。きっと医療施設があると思っていたのだが、係員は看護婦が山を下った事を告げた。
 その夜は、富山市内で1泊し友人と二人旨い肴で一杯の予定であったが、ソフトボールを飲み込んだような首をして、急遽上野行きの夜行列車に飛び乗った。その後の私は羽の音に怯えるようになってしまう。子供たちとキャンプに行ってアブの羽音にさえ過敏になり実に情けない。中山道の野尻宿で大きなスズメバチの巣を見つけ喜んでいる子供たちを後目に、そんな事を思い出してしまった自分が少々情けない。

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