風の便り episodo.5 

電力会社

 
東海道を旅していて,色々な人と出会うが,我々が電力会社の社員になったのは,たった一度の出来事であった。富士川を渡り東名高速を越し,海を見ながら坂を下ったところに,その店はあった。とても美味しそうなパンを作っている清美軒である。11年前この店を訪れたとき,たまたま電気の知識があった我々が見たのは,今にも漏電しそうな分電盤であった。
配線はめちゃくちゃ,ヒューズ付きの碍子製スイッチを使ったり,リード線は皮膜がめくれ上がり,感電ならまだしも,火事にさえなりそうな分電盤であった。なんとなくアドバイスして立ち去った記憶があった。
 それから,11年私が見たのは見違えるような分電盤であった。話を聞くと,昔,電力会社の人が歩いて東海道を旅していて,この店に立ち寄り,すぐ直しなさいと言って立ち去ったので,電気屋さんを頼んで直したそうだ。古い分電盤を見た電気屋さんも,危険な状態に驚いていたという。昔は親切な旅人がいたんだと,店のかみさんは私に自慢するのである。
 もちろん,その電力会社の人が,11年前の私だと言ったときのかみさんの顔を皆さんにお見せできなかったのが非常に残念である。

読者のkenkenさんから素敵なメッセージが届きました、ので
ご紹介いたします。ボクたちも是非寄ってみます。



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episodo.005・・・電力会社に爆笑してしまったもので。
この店の方を驚かすもうひとつの方法をお教えします。
「四日市清美軒」をご存知ですか?

私のこの一言で「ねぇねぇ、お父さん、四日市の清美軒のことを聞く人がいるの」
って大騒ぎになりました。ってか、親戚づきあいの非常に悪いおいらなので、ここ
を訪ねるのは40年ぶりくらいでしたが、四日市清美軒はおいらの爺ちゃんだった
んで(笑)。

おいらの母方の婆ちゃんのお姉さんがここんちの婆ちゃんで。上記の突然の訪問
の際はまだかくしゃくとしてをられました。確かおんとし93とかで。

まぁ家族の内情なんか聞いてもしょうがないですね。でもおいら、蒲原清美軒に
泊まったこともあるんですよ。それよりなにより、健在だったころの四日市清美軒、
爺ちゃんはプライド高い職人で、孫にも自分のパンを自慢してをったくらい。その流
れを汲む蒲原清美軒(四日市、静岡、蒲原で3件あったのです。兄弟3人で。今は
静岡のは信じられないくらい大きな店になってるとは、この時しった話)もプライド
もって(昔ながらの)パン作ってるに違いありません。なんせ、四日市へはよくいき
ましたが、この蒲原へ来たのはただの一度。で、その時に、あぁ、四日市(の清美
軒)と同じにおいがする、って思ったんで。

爺ちゃんから聞いて、今も信じている一言を。

「いいか、kenken。出来立てのアンパンは食うたらいかん。まだ熱いうちは、イース
トの吐いた炭酸ガスがたくさん詰まってる。ちゃんとさまして、空気が入れ替わって
からがおいしいんや」なので、今もおいらは、工場でできたてのパンを食べたりしま
せん。。。。と

失礼しました。突然の乱入で。

なんかひさしぶりに「蒲原 清美軒」で検索したら、とてつもなく面白いお話が書い
てあったもので。ついつい。

なにとぞお許しくださいませ。

ちなみに四日市清美軒は、1969年に爺ちゃんの死去とともに、支える人がなくな
り消滅してをります。

kenken。

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