風の便り episodo.2

大津のマドンナ

 東海道を男だけで2回も歩いてしまったが,正直言ってあまり女性には関心のない旅であった。しかし,この500kmの間に2人の素敵な女性がいたことを書き留めておきたい。
 一人は,関町の「関まちなみ資料館」で1990年2月27日に働いていた方関町教育委員会の職員と思われる女性で,とびきりの美人だった。そして,もう一人が,大津のマドンナである。1990年5月19日初めての東海道の時瀬田大橋を渡り,石山駅を過ぎ中庄駅を右折したところに,その店はあった。シュークリームが美味しそうだったので立ち寄った店,今は閉店してしまった「フルーツハンター」である。東京から走ってきたこと,昨夜は草津に泊まり,今日は念願のゴールへ着くこと。3人の店員さんと楽しい会話を楽しんだ中に一人聡明で,輝く女性がいた。その人がマドンナであった。
 それから,数年後同じメンバーで,京都から中山道へ向け出発し,再びその店を訪れたときには,すでに彼女は,別の仕事に就いていていなかった。落胆した我々が,店の主人に,その話をすると,彼女は近所で働いていること,今昼休みで出てこられることが分かった。早速連絡を取って貰うと,彼女は我々のことを覚えていてくれて,わざわざ会いに来てくれた。2度も,この街道を歩きわざわざ会いに来てくれる人はいないと,喜んでもらえ我々も気分良く中山道へ旅立っていった。
 2001年4月13日,あれから11年が経ち,もうマドンナも何処かへ行って今度は,多分逢うことは出来ないと思い,足は石山駅を通過した。中庄駅を曲がると,フルーツハンターらしき店も無くなっていた。確かこの辺りかと思われたケーキ店前で思案していると,裏から一人の女性が現れフルーツハンターの住所を言ってマドンナのことを尋ねると,11年前に美人が2人いたことを知っていて,更に,その内の一人の所在まで知っていた。高まる興奮を抑え,マドンナが働いているかもしれないという場所へ。その場所はやはり旧東海道沿いの医院。受付で彼女の名前を言って呼び出しをお願いすると,2階から怪訝そうな顔をした女性が現れた。険しい顔だったので,一瞬人違いかなと思ったその瞬間,彼女の顔がほころんだ。間違いなくマドンナだった。益々美しくなっていた彼女は,幸せそうであった。不幸せそうだったら東京へ連れて帰ろう,なんて話していた我々は,もう10年待つことにして,大津を後にした。
 

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